世界が終わる日が休日ならいいな

好きなものを好きなときに好きなだけ

映画「十二人の死にたい子どもたち」を観たよ

【誰が殺した十三人目】


「十二人の死にたい子どもたち」公式サイト

正直なところ、予告で煽りすぎだなという感は否めなかったな。「予想外の展開」とか「圧巻のラスト」とか言ってたけどそもそも題材からして展開は読みやすいし、きっちり見てたら伏線も分かりやすいのでラストの想像はつく。十二人の「死にたい」理由も想像の域を出ない(ここは本題ではないとは思うけど)。あと「死にたい」という言葉の持つ強さに頼った感じだった。ある意味で予定調和なわけだけれど、がっかりしたと言うわけではないし飽きなかった。そのあたりは監督のさすがの手腕だと思います。

というわけで、キャストの若い力が強かった作品でした。台詞の言い回しなんかはある程度訓練でどうにかなるけれど、表情や目の演技というのはなかなか修得できないものだと思っている。この映画に出ていた12人は、台詞の巧拙はあれどそういった演技が上手な子ばかりだったと思う。個人的には橋本環奈ちゃんがとても好きなのだけど、環奈ちゃんの顔の美しさに平伏すしかないし、それに加えて昏く燃える瞳が印象的でした。
他のキャストたちも「死にたい」わけだからそれぞれ絶望を抱えていて、そういう先入観も多分にあるだろうけど「あぁなにかあるんだな」って思わせるには十分な瞳や表情をしていたとおもう。

残念ながら脚本が好みではなかったので、「将来有望な子たちのプロモーションビデオ」を観た気がします。それなりに面白かったけど1回でいいかな。

個人的にはBABY, STARS SHINE BRIGHTのA/Pがお衣装協力してたのは眼福でしたね!!

2019.01.30.

七海ひろき宝塚千秋楽、美弥るりか退団発表に寄せて

個人的な事情とチケット事情により、かいちゃんの退団公演を観劇できなかった。悔しい。
贔屓が宙組88期だったこともあり、かいちゃんのことは下級生のころからずっと観てきていた。みーちー大にくっついて回る弟みたいだったかいちゃん。抜きん出てお芝居が上手いわけでも抜きん出てお歌が上手いわけでもなかった。とても平均的。けれど憎めないキャラクターとかわいい笑顔、その華やかさで舞台では気が付いたらよくかいちゃんを見ていた。贔屓の退団でしばらく宝塚から離れていて、戻ったのは2012年の銀英伝。あんなに可愛かったかいちゃんが素敵な男役になっていて驚いたし嬉しかったけど、舞台を下りたかいちゃんはわたしの知っているかいちゃんと変わらなくて少しほっとした。ちーちゃんの退団を伝えられたときに荷物を放り出してじたばたして嫌がったという話はかいちゃんらしくてめちゃくちゃ笑ってしまった。
星組に組替えしてしばらく、気が付けば「ひろきのお兄様」なんて呼ばれていてこれもめちゃくちゃ笑ってしまった。でも星組にいるかいちゃんを見てたらそれも納得した。なんだか不思議な気分だった。

贔屓のいた宙組以外のことは当時まったく詳しくなく、他の組は「主演コンビと二番手三番手男役、二番手娘役まではなんとなく知っている、下級生は顔が好みの子は名前は知らないけど顔は覚えている」くらいだった。なのでみやるりのことは顔だけ知っている状態で、きちんと認識したのは2012年以降のことだった。あっあのかわいい顔の子だね、そうだそうだ美弥るりかさんだ〜って感じ。そのときにはカチャも月組に組替えしており、同期ふたりで競い合ってどんどん素敵な男役になっていくのが見ていてわくわくした。
みやるりのお芝居がとても好きで、1789のアルトワ伯の幻想的な美しさ、続く舞音の台詞がない演技を見て鳥肌が立ったのをよく覚えている。その後のグランドホテルでのクリンゲラインやエリザベートのフランツ、とても魅力的な人間だった。

かいちゃんもみやるりも、身体の線は細いけれども舞台の上ではそんなことは感じさせずに凄まじい存在感を放っていた。
きっとトップになる、時間はかかるかも知れないけれどきっと大きな羽根を背負って階段を降りてきてくれるんだろうとぼんやり思っていた。
もう何人そんな男役を見送ってきただろう。二番手三番手で退団していく男役を、何度泣きながら見送ってきただろう。
今回のことだけじゃあない。決断をしたのは最終的には本人、タイミングだってある。毎年おおよそ20人程度の男役が入団するけれど主演男役はたった5人で数年は替わらない狭き門。それでも、いい男役が辞めていくのは劇団の人事に他ならない。きっともっと活躍できる男役はいっぱいいた。生徒が悪いんじゃあなくて、人事が悪い。って宝塚ファンになった当初から思ってる。わたしよりもふたりのファンの方のほうがもっと思うのかもしれない。もっともっと上で輝いてほしかった。
タカラジェンヌというのは、当たり前だけれど在団中しかそう在れない。退団したらそれでおしまい。その短い期間だけ。その短い期間で全てのタカラジェンヌが納得のいくような人事ができるわけないのも分かっている。けれど、できるだけ多くのタカラジェンヌが、できるだけ多くのファンが悔し涙ではなく納得のいく笑顔と涙で宝塚歌劇団を卒業できればいいと思う。

かいちゃんもみやるりも、紆余曲折ありながら舞台の上で美しく輝く、素晴らしい男役だと思います。かいちゃんはあと東京公演、みやるりはお稽古と宝塚公演も東京公演も残っている。
東京公演の千秋楽まで、とにかく悔いのないよう過ごしてほしい。もちろんファンの皆さまも。最後までしっかりと見送ってあげられますように。

映画「刀剣乱舞」を観たよ

【史実と創作の狭間、その浪漫】


映画「刀剣乱舞」公式サイト

「特撮好き?」「特別好きなわけじゃないけど電王は見たよ」「とうらぶ観て」などという雑なプレゼンを受けたので観てきました。いやそれだけじゃないですけど笑。
「髑髏城の七人」を拗らせているわたしとしては花ドクロで蘭兵衛を演じた耕史さんが信長を演じるというのはあまりにエモすぎた。情報だけでエモい。最高ですね。

とうらぶはアプリ配信と同時に少し、ステを少し、ミュをほんの少し、今回出演の刀たちは知っている、という履修状態で観たのですがめちゃくちゃ面白かったですね!?最初の世界観説明も要点をさっくり簡潔に説明するのめちゃくちゃ上手くない!?
特撮もほんとに電王全部見たのと世間一般的なふんわりした知識しかないんですけど、脚本も演出もあっめっちゃ特撮!って何度も思ったし、展開もハラハラドキドキしまくった100分でした。時間の使い方がうまい〜!!
多少でもステとかで見慣れてたからなのか、武将の隣に刀剣男士がいるのも違和感(というか拒否感?)がなくて自然に見られたのも良かったです。自然に見られたというか、違和感であることは間違いないんだけど、その場にいるのがおかしくないというか。あれ不思議だな〜画面演出の効果もあるんだろうなぁ、色味とか。めっちゃ適当に言ってるけど。

以下ネタバレあるよ〜

ステの初演は織田の刀たちの業とかそういうものだったけど、それよりは「刀剣乱舞」そのものの根底にある「歴史改変」に関する話でしたね。
織田信長が本能寺で死んでいなかったら」という仮定のもとに進んでいく脚本と織田信長山本耕史豊臣秀吉八嶋智人の両名の芝居が素晴らしかった……!あのふたりの芝居が「時代劇」であることにリアルを生み出し、だからこそ創作の歴史が現実なのではないかと思ってしまう。
観る側が「織田信長は本能寺で死んだ」という知識を持っているという前提、しかもおおよその日本人は知っているからこその脚本でもあったよね。一応さらっと説明しているから知らない人でもそう理解するし。それを軸にした脚本があまりにも上手い。
でも歴史って結局憶測を交えた一種の創作だと思っているので、こういう「一般的に認知されている歴史の隙間を埋める創作」ってものすごく大好きなんですよね……!現実と創作の境界線が曖昧なのが好き。余談だけど新感線が好きなのはそういうところもある。

そして刀剣男士たちも「史実」であり「創作」であるじゃないですか。存在そのものが浪漫そのもの。
ゲームは合わなかったんだけど(ゲームできないマン)、その設定はほんとに上手いなぁと思う。さらに浪漫を感じるのはアニメどちらも舞台もミュージカルも「違う本丸の話」であるということ。自分の本丸が手元にあるゲームならではの設定で浪漫ですよねぇ。メディア展開が上手い。
キャストはステに出演してた子たちメインだけど、違う本丸のお話なんだろうなぁとすぐ理解できたのは役者の力だよね。同じ役なのに少しずつ違う役作りになるの、脚本の違いがあるとはいえすごく大変だろうな。三日月宗近役の鈴木拡樹くんはステの初演や再演(続演だったかも……)でも違うお芝居だったし、へし切長谷部役の和田雅成くんも激情に駆られるステのお芝居と激情を隠し持つ映画のお芝居と違って素直に感心した。すごい。
脚本の伏線や、みんなのお芝居の伏線を観たいのでもう一度観に行きたいな。

2019.01.24.

ミュージカル「スリル・ミー」成河×福士ペアを観たよ

【もう我慢出来ない!どうか僕のほうを!】


さて、新ペア。ふたりの安定した演技力は知っていたので安心して期待だけしていました。
成河私が「座って構いませんか」って言った瞬間に鳥肌が立った。私はただ息をしているだけ、死んでないから生きているだけなんだ、ってぞくぞくした。目に涙を溜めて歌っていたのも印象的だったな。思い出すのも苦しい。
福士彼はたぶん学校でもそこそこ人気者なんだろうなと思った。「友達がいるんだ」は本当なんだろうなって笑。でも超人というわけではなくて、凡人なんだよな。自分が超人じゃないことは分かっているから強がった言動をする。序盤のマッチを投げるシーンなんか特にそうじゃないかなぁ。わざと届かないところに投げて私に拾わせて、自分のほうが上だと認識する、認識させるというか。血の契約を交わしたあとの契約書を弾く強さでも思ったな。あと終盤、逮捕されてからの取り乱しぶりも完全に凡人だった……。
でも成河私はそれを上回る超人ぶりで、いっそ二重人格だと思えるくらいだった。小心者で臆病な私、超人な私。ところどころ笑みをこぼすのが怖かったな……完全なるサイコパスじゃん。でもそれに彼が気付かないのもまた凡人という感じがしましたね。たまに強く彼に対して強く出て、彼がかなりその通りに動くのがまた面白かったですね。このペアは確実に私が操ってたよねぇ。
成河さんが小柄なこともあり、もしかしたら私は幼い頃いじめられていたのかなぁとも思った。それを彼が助けたのかな。それから彼は私のヒーローだったのかも。いやでも成河私はいじめられてても気にしなさそう……。いじめられていてもいなくても、幼い頃から一緒だったから、ひとりでやったほうがいろんな可能性があるのに彼の「超人ごっこ」に付き合ってたのかなって。彼のプライドを傷付けないように狡猾に。言い返すときも絶妙なラインを保って彼が頷くように。というか現在の私との演じ分けが素晴らしすぎない……?びっくりしたまるで別人……。「いや、もうこれ以上思い出したくありません」の苦しそうな声、もしかしたら私は彼のことを忘れていっているのかもしれない。それを妄想で塗り固めているのかも。それを認めたくなくて「思い出したくありません」なのかも……って思った。

「待ってたよ!」〜「スリルミー」の演技が初めて観る演出でびっくりした!あんなに焦った私は今までの公演でも初めて観た。彼が迎えに来てくれたと思ったら一瞬で掻き消えてしまった、迎えに来た彼はやっぱり私の幻想にしか過ぎなかったんだろうな。
観終わったあと、韓国ペアを観たときの感情を思い出したなぁ。私の主張が強いスリルミー。搦め手ではなくてわりとごりごり押していく感じ。マチネが観られなくて、一度しか観られなかったの悔しいなぁ。また観たい……。

写真は絶対ポートレイトだよね笑。彼が私に撮らせたやつ笑。


2019.01.20. 16:00

ミュージカル「スリル・ミー」松下×柿澤ペアを観たよ

【果たして、誰が誰を操っていたのか】


初演以来、なんと6年半振りの松下×柿澤ペア。
2014年の松下×小西ペアを経てのふたりがとても楽しみでした。
初演ペアで付き合いが長いからなのか、「ずっと一緒でした」の幼馴染み感が強かったように思います。歌声もユニゾンどころか溶け合う瞬間がたくさんあって、いやふたりで歌ってるやん、って何度か驚いてしまった。これ田代×新納ペアでも思ったな。
そしてヤンデレ彼……彼が私に対してあんな振る舞いをするのは私が彼のもとから離れないことを知っていたからだよね。でもなんだかんだ言ってキスが優しい。超人に憧れすぎて自分のことを超人だと思い込んでいた彼。超人だから万能だと思い込んでたんだろうな〜という感じ。
私はそんな彼のことを分かっていて、そんなところが愚かだな可愛いなと思っていたんだろうな。いつ彼を自分だけのものにしようかずっと考えていたのかな。盗みや放火を繰り返しながら計画を立てていたのかもしれない。それを「次は殺人だ」と言われて実行したのかなと感じた。「時は来た」んだよ。それから「まだ分からないの?」はゾッとしたな……彼と一緒に居たかったから、彼のことを立てながらもさり気なく自分の思うがままに動かしていたんじゃないだろうか。好きなようにさせつつ私の思うように導いていたんじゃないだろうか。それこそ私のほうが「超人」だから。99年を聴きながら、韓国公演のコピー「과연 누가 누구를 조종 했는가?」(果たして、誰が誰を操っていたのか)を思い出した。
でも彼は終盤まで自分が私を操っていたと思い込んでいる。だから名前を呼べば言うことを聞くと思って何度も呼ぶしキスもする。それを望んでいると思い込んでいるから。
結局私が欲しいものは「彼自身」なのであって、彼から「名前を呼んでもらう」「キスしてもらう」「抱き締めてもらう」なんていうものはおまけにすぎない。そして愛されていないのも分かっている。だから「99年離れない 離さない」「永遠とは言わない 死ぬまでは」。
「いや、こんな話もうしたくありません!」を叫んだのは、私の中の彼をもう誰にも見せたくないからかな。やっと手に入れた彼、記憶でさえも私以外のものにさせてたまるかと言うような……。松私の「自由……自由?」の言い方がめっちゃ好きなんですよね。「彼がいないのに自由だなんて、こいつらはいったい何を言っているんだ?」のように聞こえる。それでも最後、あのころの彼が迎えに来てくれてるんだな……19歳の私に戻れたんだな私は……って泣けてしまう。手段は最低なんだけど、私はただ彼と一緒にいたくて彼が欲しかっただけなんだよね。でも最後まで手に入ったかどうかは分からないよなぁ松柿……すり抜けていったかもしれない……。

前回公演から考えているのだけれど、「高校生のころあの公園で撮った彼の写真」は隠し撮りなんだろうなと思ったな。公園のベンチに座ってる彼を撮って、それに気付かれて「レイ」って諌められるけど別に処分しろとは言われないの……彼の幼馴染みとしての優しさかな。松私に対して柿彼もこに彼も甘いのちょっと和みます笑。


2019.01.19. 15:30 / 19:00
(2019年観劇初め!)

映画「メアリーの総て」を観たよ

【絶望感と孤独が産んだ怪物】


「メアリーの総て」公式サイト

世界的怪奇小説フランケンシュタイン」の作者、メアリー・シェリーの半生を描いた映画。
恥ずかしながらフランケンシュタインはあらすじは知っているけれどきちんと読んだことがなくて、あとはミュージカルで観ただけだった。原作を読んだことが無ければ作者に興味を持ったことはなく(女性作家作だというのは知っていた)、この映画はTLで見たこの記事がきっかけで気付いたんだったと思う。

記事にもあるお写真が美しいなというのと、確かに兎丸先生好きそうだなというのが第一印象だった。
そして兎丸先生のレビューにある「18歳の少女がどうしてこれを書かなければならなかったのか?」に驚いたんですよね。18歳て。あんまり詳しいネタバレは見たくなかったので、そこまでだけ読んで観に行って来ました。

主演のエル・ファニングが本当に可愛くて、店の隅で膝の上にノートを開いてガリガリと文字を書き綴るのが印象的だった。
義母は自分のことを理解しようしてくれず、父も分からず屋ではないけれどすれ違いばかり、それでもメアリーを田舎に向かわせるときに優しい言葉をかけていたのに泣けてしまった〜泣けてしまったのになんて言ってたか忘れた悔しい……。
パーシーと出会ったときのメアリーが16歳でまじでびびったのだけど(ここから2年でフランケンシュタインを書くの!?って)、しかし21歳の妻子持ちで16歳の少女を引っ掛けるパーシーのダメっぷりよ……駆け落ちも結婚生活も全て全てダメすぎてフィクションか?というきもちだった笑。
バイロンは絵に描いたようなクズすぎて、これもまたフィクションか?というきもちでしたね……すごいな……こんなのが周囲にいたらそりゃメアリーも追い詰められるわな……って思ってしまった。

それからとにかく映像が美しくて、ロマンが溢れる映像だった……お衣装のドレスどれもかわいい!ときめく!
エル・ファニングの静かながら意志の強い瞳が美しかったし、フランケンシュタインを書き上げたとき「End」と削るように書いた音が耳にしっかり残ったな……それこそ耳に刻み込まれたようだった。

ちょっと感想を書くまで時間が空いてしまったので言葉が浮かばないのだけれど、腹の底にずっしり沈むような映画だった。シネコンのような大きいスクリーンでなく、ミニシアターでひっそりと観るような映画でした。

2019.01.08.

映画「アイ・フィール・プリティ!」を観たよ

【私の価値を決めるのは私!】


「アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング」公式サイト

わたしは昔から容姿にコンプレックスがあって、いわゆるスクールカーストでは底辺にいたし、とにかく自分に自信がなくてしょうがなかった。別に親に貶されて育ったとかそういうわけではない、むしろ褒められて育って来たのに我ながら卑屈だなと思う。
そのくせ人前に立つのはわりと好きなほうで、演劇をけっこう真剣にやっていた。今思うと「周囲に認められたい、家族ではない人に褒められたい」を形にしたものだったのかも。
とにかく、劇団で受けていたレッスンで、「自分のそういうところも自分の個性で素敵なことだって受け入れられたら、もっと素敵な表現ができるようになるよ」と言ってもらったことがある。その先生は自分が美女だと錯覚していたころのレネーと同じくらい自信に満ち溢れてポジティブな人で、言ってもらったときに思わず泣いてしまったのをよく覚えている。

さて、この物語の主人公レネーはわたしと同じく容姿にコンプレックスがあり、自分に自信が持てない人だった。けれどひょんなことから自分の姿が絶世の美女に見えるようになる。(それ以前に撮った写真なんかは元の姿のままに見えているのは面白いなと思った)
そんなのさぁ、本当に夢だよね。寝て目が覚めたら大富豪になっていないかなとか、憧れのあの子と同じ姿になっていないかなとか、何度思ったか知れない。けれどここは現実だしそんなことは有り得ない。
有り得ないけど、レネーはそんな奇跡を自分の頭の中だけだけど手に入れて、自信に満ち溢れていく。コンプレックスの裏返しからか、レネーは外見至上主義なところがあるからだ。現実にはレネーの容姿は一切変わっていないのに。
それでもやっぱり、自信に満ち溢れた人は美しい。芸能人でも最近この人お仕事充実してそうだな、と思うとみるみるうちに美しくなっていく。それは容姿の問題ではなくて、月並みな言葉で言うと内面の美しさなのだろう。
レネーは自分が受け入れられているのは「私が絶世の美女だから」と思っているけれど、周囲は外見ではなくレネーの内面に惹かれていく。友人が言った「あなたが面白くて優しいから」というのはまさにそういうことだ。
逆ナンしたイーサンだってそうだ。最初は「君が怖くて断れなかった」なんて言っているけれど、自信に満ち溢れるレネーを見てどんどん惹かれていく。それでもレネーは「イーサンは自分の外見が好き」なのだと勘違いしたまま。元に戻ったあともそれで別れを切り出したりする。
レネーが知り合った美女でさえコンプレックスを持っている。人にはそれぞれ自分しか知り得ない悩みがあるものだ。それでもそれに劣等感を感じる必要はない、自分は自分のままで最高なのだというラストシーンは恥ずかしくなるほどまっすぐで、だからこそ背中を押してもらえる。
結局は、自分の価値を決めるのは自分自身なのだ。自分の考え方が、行動が、態度が自分を形作るということ。例え誰が認めなくても自分が自分を認めないでどうするんだろう。
そして主題歌がMeghan Trainorというのも最高だった!同じメッセージを伝える彼女が起用されるのは当たり前と言えば当たり前だけど。
Lady GAGAの「Born This Way」しかり、FROZENの「Let It Go」しかり、グレイテストショーマンの「This Is Me」しかり、「ありのままの自分でいる」メッセージは強烈に胸に刺さる。何度落ち込んでも、自分に何度も何度も言い聞かせている。

「自分のそういうところも自分の個性で素敵なことだって受け入れられたら、もっと素敵な表現ができるようになるよ」。
素敵なことだと受け入れられているかは返事ができないけれど、今わたしが自分の個性だと受け入れられているのはあの言葉があったからだと思う。いつか、素敵なことだと受け入れられるようになれればいい。

2019.01.08.
(2019年映画初め!)