世界が終わる日が休日ならいいな

好きなものを好きなときに好きなだけ

わたしの本命を紹介します

【陽気で明るく、優しくて強いハンガリー人】

さて、永遠の贔屓・花影アリスちゃんを紹介したのでこの人も紹介します。
ハンガリーはミシュコルツ出身のミュージカル俳優、Máté Kamarásです。

楽屋に通った成果 サインが欲しいというより、話したい口実だったとおもう

彼は2003年から2005年までウィーンにて、エリザベートでトート役を演じています。
彼との出会いはそのエリザベートです。
2005年、ウィーンでの公演DVDが発売されることが発表されました。
当時、エリザベートの映像は宝塚版しかなく、動画サイトにあるものも細切れであまり観る気にはなれず、発売日にわくわくしながら購入しました。
ドイツ語上演、字幕なし。開封すれば、なんと両面ディスク!
え〜!?と思いながら再生してみれば、彼がそこにいました。
それまで宝塚版のお行儀のよいお耽美なトートしか知らなかったわたしは驚くしかありませんでした。
金髪オールバック、登場衣装を見た瞬間「プレスリーか?」と思いました。そして歌い出せばハスキーなロック歌唱。
天地がひっくり返ったような衝撃でした。
トートなのに陽のエネルギーに溢れていて、それなのにトートとして破綻していないのにも驚きました。
シシィ役のMayaさんとの相性も素晴らしく、ふたりが対峙する「Wenn Ich Tanzen Will(私が踊る時)」は龍虎相摶つ!!って感じがしてどきどきしました。

このあたりの時系列をよく覚えていないのですが、DVDが出てから発表されたのか、発表されてからDVDが出たのか、とにかく、2007年春にウィーン版エリザベートの招聘公演が行われることが発表されました。その前2006年末にはメインキャストと宝塚OGキャスト出演のプレイベントが行われることも。
来日キャストはシシィ役Maya Hakvoort、トート役Máté Kamarás、ルドルフ役Lukas Permanの3名。
そこで聴いた歌に、わたしは虜になりました。
魂が掻き乱されるってこういうことなんだ、と実感しました。
ふわふわした気持ちで帰宅して、聴いた歌を頭の中で繰り返し繰り返し思い返してDVDを再生して。
そうしてやってきた2007年の招聘公演。
キャストがヨーロッパ式に当日発表だったので狙ってチケットも取れず、それでも何回かは観ることができたのでほっとしました。
憧れていたウィーン演出にも胸をときめかせていたし、プリンシパルたちの、とりわけMátéの歌を聴くことができて幸せでいっぱいの一ヶ月間でした。
とにかく会いたい一心で楽屋口にも通いました。
(これは自慢ですが、彼の千社札をシートで持っています笑。ある日なぜか配ってたんです)
たくさんお写真を撮ってもらって、たくさん握手してもらってたくさんサインをいただいて、たくさんたくさん好きですって伝えました。拙い英語で言葉が伝わっていたかは分からないけれど、気持ちだけは伝わっていたらいいなと思います。

彼の拠点はウィーンだったので、日本では簡単に情報が手に入りません。ヨーロッパの公式サイトを見つけ出し、web翻訳にかけてなんとか内容を読み取ろうとすること数ヶ月。ついに日本語版のファンサイトが出来ました。
日本滞在時に牛丼にハマり、帰欧してからも食べまくって太ったなんてエピソード、あまりにも可愛すぎません??
姿月あさとさんと意気投合し、姿月さんがウィーンに会いに行ったという記事もありました。日本のファンが血液型を知りたいって言ったからわざわざ検査してくれたなんてこともありました。それまで彼は自分の血液型を知らなかったんですって。ちなみにA型だったそうです。
ファンサイトがメルマガを発行してくれていて、Mátéからのメッセージをたくさん届けてくれました。
そしてこれは彼のことを話すときの鉄板ネタなのですが、東京にある彼の知人のハンガリー料理屋さんでSkype会が開催されることになりました。ファンが集まって、本人はウィーンからSkypeで参加するというファンミーティング。
それだけでもう面白いのですが、開催理由が「Mátéが話したいから」。開催日時は「来週の水曜」。
いや、無理でしょ!!!!!!!!!!なんだよそれ自由か!!!!!!!!!!笑
しかもあの人、好きな日本食は「カルビ」とか「ユッケ」って言うんだよ!!差し入れの参考になりゃしねぇ!!っていうか韓国料理だ!!(ってツッコんだら途端に焦り出して、「僕にとっては"日本で食べる料理"だから……!」って言い訳していた。ちくしょうかわいいかよ!!)

さて、2005年に来日してから、ほぼ毎年日本でのステージに出演してくれているMáté。それまではコンサートばかりだったのですが(2009年のLOVE LEGENDの再演いまだに待ってます)、遂にミュージカル公演に出演することになりました。
演目は「MITSUKO」。安蘭けいさん主演のオリジナルミュージカルです。
公演時期は2011年5月。お稽古は3月中旬からでした。
後年、この時のことについて話してくれました。


梅芸側からも無理して来なくていいと言われたし、家族や友人、周囲の人たちからは猛反対を受けたそうです。
「それでも、僕は、日本が好きだから、来ました」
母国のハンガリーでは地震がほとんどなく、余震のたびに飛び起きていたとも言っていました。どれほど大きなストレスだったんだろう。
初来日から、とてもとても日本のことを好きでいてくれているMáté。いつの頃からか、通訳さんをつけないでひとりで日本語で話してくれるようになりました。このときも日本語で頑張って話してくれました。
(余談ですが、Mátéは母国語であるハンガリー語をはじめ、英語ドイツ語と喋れて、日本語もひらがなと簡単な漢字は読み書きできます。幼いころは学校でロシア語の授業もあったそうで、実はいろいろな言語を喋れます。すごい)
これを話してくれたのは、2014年のGWに金沢で開催されたラ・フォル・ジュルネのステージの上でした。この日はミュージカル曲を何曲か歌ってくれたあと、最後に「花は咲く」を歌ってくれています。
MITSUKOのカンパニーは、公演が終わってから被災地に訪問しています。色んなことを思い出したのでしょう、「ごめんなさい、ぼくは、ぼくは……」と途中で言葉を詰まらせていました。
我がことのように感じてくれているのだとおもうと、その心遣いに感謝するしかありませんでした。

日本で公演のたびにファンミーティングも開催してくれています。静岡に知人のお店があり、そこでバースデイパーティをすると言われたときはどうしようかと思いました。日帰りで行きました。
というのはレアケースなのですが(そりゃそうだ)、だいたいは公演に合わせて東京と大阪で行います。
幼少期のことなど、プライベートなことを話してくれたり、歌を歌ってくれたりします。少しでも楽しませてくれようと、いろんなことを考えてたくさん喋ってくれます。
そういうMátéの優しさとか、共感性とか、あったかさが大好きで大好きで仕方ないんです。
舞台の上ではエネルギッシュで、叱られるくらいにふざけまくっているのに(すき)、舞台を降りると細やかな気遣いが出来る、優しくてちょっと甘えたな人なんです。

最近はあんまりステージでの活動はしていなくて、Facebookinstagramを観ていると、絵描きとしての活動が多いみたいです。日本でのステージも2016年の9月が最後。次の日本公演は決まっていません。
Mátéは先日42回目の誕生日を迎えました。初めて会ったときはまだ20代だったのに、彼の30代を見届けてしまったんだなぁと思うとなんだか感慨深いものがあります。
これから彼がどういう活動を続けていくかは分からないけれど、日本でステージに立つときは全部観たいし、いつか彼のホームで姿を観られたらいいなと思います。
それまで健康に楽しく過ごしてくれていたらいいな。

わたしの贔屓を紹介します

【特別な存在で、必要な存在の、永遠の贔屓】

わたしの永遠の贔屓、それは花影アリスちゃん。
2002年初舞台の88期生。2010年8月8日、88期の日に宝塚を卒業しました。
宙組配属宙組育ち、和央ようか花總まりの"ゴールデンコンビ"時代を支えた娘役のひとりです。
顔が小さく首が長く、お人形さんみたいに細いのに力強いお芝居が印象的でした。

わたしの7年間 もっとあるけど


そもそも宝塚を見始めたきっかけは、中学時代の友人が生粋の宝塚ファンだったから。
その友人が毎日毎日GRAPHと歌劇を広げながら「マミさんがな」「リカちゃんがな」と語り続けるのをうんうん聞いていたのです。
そんなある日、NHKで2000年星組公演「ベルサイユのばら」が放送されることになりました。
「絶対観て!とりあえず観て!」と力強く勧められて、まぁタダやし……とテレビの前に座ったわたしは、終わるころにはすっかりとその世界に魅了されていました。タダより高いものはない。
そのことを報告すると、ほれ見ろと言わんばかりに公演ビデオを何本も渡されました。宝塚受験のためにレッスンしている友人もいましたし、周りを見てみれば「実は好き」といった友人が何人もいました。
そんな折、広島から転校生がやってきました。
日々宝塚の話をしていたわたしたちに「実はわたしも」と言ってきてくれました。
彼女は家族全員で宝塚ファンという環境で、なんと星組時代から花總まりさんが好きだったそうです。
そんな彼女からも借りた公演ビデオの中に、その演目はありました。

前置きが長くなりましたが、その公演は2003年宙組公演「傭兵ピエール/満天星大夜總会」です。
細くて顔が小さくて目が大きくて笑顔が可愛い、わたしの思う「可愛い!」が全部詰まった子でした。
当時は新人公演初ヒロインを終えたばかり、友人に勧められるままお手紙を書いて劇団に郵送してしばらく、お礼状が届きました。
そこからはもう、アリスちゃんしか見えていませんでした。
今ほどチケットが難しくなかった時代です。トップさんのサヨナラ公演でも、S席が完売していたら「すごいじゃん!」って言っていた時代です。
まだ中学生だったわたしは当日B席を求めて友人と一緒に当日券に並び、会が出来てからは頑張ってS席を1枚(これだって7,500円の時代です)、そして当日B席。
会服を買うのならその分公演を観たくて、ガードにはほとんど参加したことのない幽霊会員でした。
それでも毎公演届くお礼状が嬉しくて嬉しくて、アリスちゃんの手書きのサインが嬉しくて、届くたびに飛び上がって喜んでいました。
最初は不安定だったお歌も芝居もダンスも、公演を重ねるごとにしっかりしていってセンターに近くなるごとに嬉しくなりました。
舞台の下でも、同期の春風弥里さん、蓮水ゆうやさん、鳳翔大さんの「みーちー大」トリオを従えるお姫様、のようで4人でわちゃわちゃしているのがとても可愛くて大好きでした。
アリスちゃんは、わたしの青春だったのです。

ある日。宙組主演娘役の陽月華さんが足首を負傷し、長期休養することになりました。
大劇場公演の直前で、そのときの代役は和音美桜さん。宝塚公演と東京公演を終え、続く梅田芸術劇場メインホール公演。
演目は、アリスちゃんが「演じてみたい役」として初舞台のころから挙げていた「雨に唄えば」でした。
もちろん役として挙げていたのはヒロイン役のキャシー・セルダン。それでもアリスちゃんよりも上級生には魅力的な娘役さんがたくさんいらしたし、主演娘役候補ではないかと言われている娘役さんばかりだったので、出演できたらいいなぁ、とぼんやり思っていたのです。
しかして、発表された配役は「キャシー・セルダン/花影アリス」。
ファンのわたしでもこれだけ嬉しいのに、本人の喜びはどれだけのものだったでしょう。
大好きだと公言していたタップダンスを、ずっと「おとめ」に書き続けていた役で踊ることが叶うのです。
発表されたときはアリスちゃんの夢が叶うことが嬉しくてたまらなかった。
主演男役だった大和悠河さんの相手役として、立派に、ほんとうに立派にヒロインを務め上げたことは、ファンとして誇りに思います。

あのころ、主演娘役に就任する学年がどんどんと下がっていっていた時期だったと思います。
主演男役も、他組から組替えしてすぐ就任とか、人事に対する不信感があったころでした。
まりさんが退団してから、紫城るいさん、陽月華さんと続いた主演娘役。
陽月さんが退団されることが発表され、次だろうと、次こそは主演娘役になるだろうと、アリスちゃんのファンも、宙組ファンも、他組のファンも、思っていたのです。
それでも発表があったのは、違う娘役さんでした。
自分より下級生が主演娘役になっても変わらず笑顔で舞台に立つアリスちゃん。
いつの日にか、羽根を背負う彼女が観たかったのは本心です。

そして、2010年4月6日。
白い封筒が我が家のポストに投函されていました。
「あ、白封筒ってほんとうに届くんだ」って妙に冷静なきもちだったのをよく覚えています。
それからの4ヶ月は怒涛の4ヶ月でした。
幸い(?)旅行に行くために貯めていた資金があり、それを使って大劇場公演のチケットも、会服も、お茶会も、白服も、フェアウェルパーティの申し込みもしました。
大劇場公演の半ばには、東京公演のチケットとフェアウェルパーティの申し込みもしました。
人生で初めて、ひとりで夜行バスに乗りました。
初めて好きになったタカラジェンヌです。退団公演のときのしきたりを小耳に挟んでいたし、友人がご贔屓を見送る姿を見てきたけれど、それを自分がしているのがとても不思議なきぶんでした。「いってらっしゃい」がはっきり言えたかどうか、覚えていません。
東京公演千秋楽の日、蘭寿とむさんが夜なべして作った(!)大きなラブレターを受け取ったアリスちゃんの嬉しそうな顔!
退団挨拶での晴れやかな笑顔、出待ちでの噛みしめるような笑顔。挨拶でもフェアウェルでも、「悔いはない」と笑顔で言い切ってくれたからこそ、卒業を見送ることができました。

2010年の夏。大好きなあの子がいなくなった夏。
贔屓を見送るのはほんとうにつらくてかなしくて、もういちばんの子を作るのはやめようって決めました。
この次に宝塚を観に行くまで、2年かかりました。
アリスちゃんは、卒業してからしばらくは事務所に所属し、ドラマやCM、舞台にも出演していましたが2013年11月に結婚を機に芸能界を引退しています。
数年後にOGの情報サイトでコラムを書いており、幸せな生活をしていることがわかり嬉しくて泣きました。
昨年にはクラシエのCMで踊っている姿を見ることができました。最近では鳳翔大さんのインスタに赤ちゃんと一緒の写真があがっていて、もしかしたら家族が増えたのかなぁとまた幸せになりました。

なんだか贔屓の紹介というより「わたしと贔屓」みたいになってしまいましたが笑。
わたしの贔屓は可愛くて強くて、最高にかっこいい娘役です。
「わたしたちにとってアリスちゃんは、やっぱり特別な存在で、必要な存在でした」
東京千秋楽の出のパレードで会で贈った言葉です。もう、この言葉が全て。これ以上の言葉はありません。
これ以降、どんなに可愛くて強くてかっこいい娘役さんが出てきても、わたしの永遠の贔屓はアリスちゃんでしか有り得ないのです。

宝塚月組「エリザベート」を観たよ

【誰しも死と踊るもの】

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宝塚月組公演「エリザベート」千秋楽が終わった。

主演娘役のちゃぴこと愛希れいか嬢の素晴らしい退団公演だった。

ちゃぴちゃんの強い瞳が好きだった。凛とした立ち姿が好きだった。甘い笑顔が好きだった。

そんなちゃぴちゃんの良さが全て出た公演だったと思う。

エリザベート」はとても思い入れがあって、いろんなシシィもトートもフランツも観てきたけれど、その中でもかなり好きな公演でした。

 

ウィーン版の歌詞で

「誰しも死と踊るもの でも誰もエリザベートには敵わない!」(我ら息絶えし者ども)

「狂ってしまう勇気が出ないの」(精神病院)

というのがあるのだけど、このふたつを思い出すシシィだった。

自分の中の死と向き合い、綱渡りの綱の上でギリギリにバランスを取っているシシィ。

そんな印象を受けた。

「私だけに」を歌う前、聖書に挟まっていた守り刀で自害しようとするシーンの表情に鳥肌が立った。

決意したのではなく、ただそこに刀があったから衝動的に「ここから逃げだそう」と思って手に取ったんだろう、そして刃を見て死を意識して「まだ死ぬわけにはいかない」と思ったんだろう。

その流れが美しく滑らかだった。

ここだけではなく、シーンひとつをとっても物語全体を観てもどこも感情が途切れるところがなく集中して観ることができた。

前公演の「BADDY」と合わせて、ちゃぴちゃんの娘役人生、宝塚人生の集大成としてこれ以上の公演はなかったのではないだろうか!

愛希れいかの底力を観た、そんな公演だった。

 

そして好きだったのはみやるりのフランツ!

最初に謁見の間で登場した瞬間、軍服に「着られている」ように見えてびっくりした。

歳を重ねるごとに出て来る貫禄、そして「夜のボート」での小さな姿。

みやるりのお芝居は以前からとても好きで、気障な色男から気の小さな青年からなんでもできる人だと思っていたがそれを再確認した。

シシィを見つめる瞳の優しさといったら!

そしてフィナーレでせり上がってきたときの晴れ晴れとした笑顔のかっこよさとかわいさ!

今後もずっと姿を観ていたい生徒さんのひとりです。

 

れーこちゃんのルキーニも瞳の奥に狂気をたたえ続け、場を巧みに回し続けていた。

たまきちと学年が近いということもあるのかもしれないが、トートとの距離感が近いルキーニだなと感じた。言うなれば「悪友同士」かなと。

たまきちのトートはちゃぴシシィとの共鳴が強かったようにおもう。

シシィの中にいる「死」、イマジナリーフレンドとしてのトートにすごく納得した。

感覚的な話でしかないが、同一性が高かった。

短髪トートにしてくれてもいいじゃん〜とずっと言い続けているが、ロングヘアでシシィとシルエットが近いのも視覚的な効果があったとおもう。

 

それからヴィンディッシュ嬢のくらげちゃんも素晴らしかった!!扇を交換してシシィの顔を見つめる瞳の戸惑いが胸に刺さった。

公演半ばに一度だけの観劇だった。ルドルフをふたりとも観られなかったのは残念だが、どちらも映像に残っていてくれればとおもう。

(欲を言えばれーこフランツも……)

 

今とても安定している月組さん。

主演娘役が替わればどう変化するのかが楽しみです。

 

2018.09.15. 11時公演